鍾愛point α Short
-夢交流小説-
このお話は夢小説交流の過程で書かれた短編 となります。そのため余所の夢主さん・ヴィザお相手クシャナさんが出て来ます。クシャナさんはヴィザ氏の上司にあたる人物で「神国アフトクラトルの国母(軍神)」という設定で書かれています。 また、拙宅からは神国軍所属・人外主スキラが出ております。鍾愛本編の続きで書かれたかもしれないストーリー設定も少しあったりします。 以上のすべてが大丈夫という方だけどうぞ。 *第α-1話 ペレストロイカ
「おいヴィザ。黒いのが跳ねている」 「は。なんと仰いました、殿下」 「みすぼらしいボロ犬が駆け回っている、と謂ったんだ」 クシャナ殿下――アフトクラトルの軍神が金をあしらった望遠鏡で見慣れぬ物体を追い掛ける。三つ編みの女。所々破けた黒服は塵にまみれ見るに堪えない。戦場といえど女ならばもう少し身だしなみへ気を遣おうに。 「しかし、吐き気を催す、生々しい嫌悪感はない。もっと無機質な……トリオン兵に近い気がするな」 さながら朽ちた金属のような。燃えさかる炎を頭〈かしら〉へ頂くクシャナが配下の同意を求めて呟くと、国宝の使い手は遙かへ視線を投げて「なるほど。私の肉眼では確認出来ませんが、殿下がどなたを槍玉に挙げているのか把握いたしました」とほくそ笑んだ。 その数週間後だった。戦局は良好、先の戦で敵国の要所を押さえ込み堂堂たる凱旋を果たした国母の邸宅へ一匹の傭兵が転がり込んだのは。彼女は片眉を上げ、 「ヴィザ、これはどういうことだ?」 「殿下がご興味おありかと思いお連れしました。敵国に居た件のボロ犬です」 長年連れ添った剣士が柔和に微笑む。黒々としたまなこ、脱獄したばかりのような泥だらけの女が、フードの影から彼女を鋭く射貫いていた。つんと錆びた香り。それがクシャナの鼻孔を突いた――気がした。だが彼女はそれを「朽ちている」とは思わなかった。その代わりに命迸る鼓動も感じなかったが、正体不明な女が醸し出す凍て付く波動へ、反射的と言っても差し支えない過敏さで己が漠たる憎しみを抱いたことに些か驚愕した。 しかしクシャナは「まあいい」と吐き捨てると、道行く召使いからタオルをかっさらい、「この屋敷へ立ち入るからには相応の身なりをしてもらう。まずは風呂場。着飾るのはそれからだ。……おい貴様、感謝しろよ、私が直々洗ってやるのだから!」と息巻いて踵を返した。 「おやおや……これは予想外でした。お叱りになるか、最悪捨ててこいと仰るかと思っていましたが」 軍神は「子供」を慈しむ。それが「母」としての責務であるから。側近が認め屋敷へ連れ入ることを許可した者は凡て我が子だと標榜するような態度に翁は瞠目したが、一転、楽しそうでなによりですと低い笑い声が広間の薄明かりへ落ちた。その身に抱くは敵意か同情か、翁は主人と危ない橋渡りを楽しむために小汚い傭兵をわざわざ屋敷へ連れてきたらしい。熟成された、されどどこかやんちゃな少年時代を彷彿させる豊かなテノールが廊下に響くと女は不機嫌な色を一層濃くした。 「……彼女、気付いていました」 「ほっほ。当然です。あの御方をどなたとお思いですか。アフトクラトルの国母ですよ」 目尻に皺を寄せた男は風呂場へ先導した。上背の高い彼が振り子のように長い足を踏み出す度、軽快な靴音が響く。残された黒髪傭兵は後を追わず立ち尽くしていたが、翁が見返りざまに杖先でフードを降ろしてやると玄界の東洋的な顔立ちが露わになり「そうですか。あれが国母ですか」と咀嚼するよう独りごちた。 「美しく聡明な御方でしょう。……はてさて、十年ほど昔でしたか。貴女は覚えておいでではないでしょうが、私も例の戦争へ参加しておりましてな」 「そうですか」 「ええ。標的ペセルの防衛ラインを破るため設立された侵攻国共同戦線で、神国側の指揮を担当されたのは、他でもないクシャナ殿下でした」 「……」 腹の探り合いを無視という形であっさり受け流す女。身じろぎせぬ彼女を軍神の元へ急き立てるすっきりした額の老人。今か今かと待ち構えているだろうクシャナ。翁は広い肩幅をちょいと竦めて含み笑いを零した。 「今でも殿下は、ご自身を打ち負かした『あれ』に執着しておいでだ」 長い放浪を経て三つ編み女は過去を顧みる意味を見失った。否、滅びを迎えた来し方へ浸ることに価値を見出さなくなり、回顧すること、そのものを捨てた。ゆえに翁は思い出せと毒を注ぐ。金属も、硝子も、僅かな亀裂さえあれば何でも融かす黒い毒を。その劇薬が麗しき主人へ向けられることはあるまいが、虫けら同然に位の低い傭兵、しかもかつて己が主人を害した存在となれば話は別だ。 「お気を付けて――殿下は〈偶像〉の名を耳にすると激昂されますぞ」 楽しんでいる癖に、という繰り言は果たして憎々しい翁へ届いたろうか。女は冷え冷えした笑みを返して蒸気の向こうへ姿を消した。
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ペレストロイカ 再構築・改革・建て直し、の意。かつてペセル偶像戦争で対立していたクシャナさんとスキラがここから関係を再構築していく、というお話。