君懸Record 0 追悼回想編
-コル-

第5話 Lion and Leopard

 -獅子と雪豹-

 モルス国王が戴冠してから早いもので二十余年の月日が流れていた。それは国民の誰もが今在る平和を当たり前のように享受していた時代――そして愛情を一身に受けて育ったレギス王子がまもなく華やかな青春時代を迎える時代だった。  これは不死身と名高き剣士コル・リオニスが齢わずか十三で王都警護隊特例入隊を許されて半月ほど経った頃のこと。来期に正式入隊を控えた旺んな仔獅子は更け渡る宵の口にはたと覚醒した。 「何処だここは」  奥の奥まで錯雑した黒い森がどこまでも続いて、標となるべき月の光をも遮っている。 「俺は王都に居たはずだが」  ――どうしてこんなところに巨大な森が。 「一体何が起きた」  ――ここに来た経緯を思い出せない。 「誰か他にいないのか」  ――そうだ、光に幻惑されて、それから。  風も絶えた夏の夜に樹齢何百年とも何千年とも判別つかぬ逞しい幹が活き活きと生い茂っていた。かと思えば、手入れもされず、悠然と掻き暮れる太い枝が物寂しいひそやかさを纏っていた。ここに在るのは長き年月を経て末枯れた孤独のみ、宵闇に浸る大樹に囲まれて、人々の記憶から置き去りにされた昔日が誰にも掬い上げられることなく虚しい空洞の中に瞑目していた。 「帰らなければ……」  面影にあどけなさを潜ませた少年は置かれた状況を理解するべく息を潜ませた。耳朶の裏側に蚊の羽音が聞こえる。遠くからは鳥の飛翔も聞こえる。だのに人々の生活音は聞こえない。折に触れて物憂い息衝きが少年らしさの残る細い首元を愛撫していった。それは降り籠める雨に似て、ぞめき立つ渇いた葉叢が侵入者を決して逃さぬと息巻いていた。 「人の気配がしない。俺はどうやってここに来た」  頭でも打ったのだろうか。見知らぬ森で横臥していた理由を憶えていない。ただひとつ脳裏にあるのは鋭い紫電。足元から溢れたそれに突如包まれてからの出来事が凡て曖昧である。となればその光が原因かもしれない。そう閃いたコルは順を追って思い起こすべく胡座をかいた。 「始めに戻って考えろ。俺は、王都に居た」  それは間違いない。インソムニアの一角に聳え立つ「王家の丘」を――神影島と同じく禁足地になっている場所だ――丘とは呼ばれているが実際は小さな山ほどもある巨大な自然保護地域である――を少し覗いてみようと日が落ちてから忍び込んで。  あの時はまだ傍に街灯の明かりがあった。帰宅を急ぐ自動車が行き交う音もしていた。都会らしい喧噪がすぐ近くにあって、摩天楼から真っすぐ伸びる光の筋が市民の生活をすべからく守っていた。 「学校で王家の丘に化け物が出る噂を聞いた。それで、監視の目を盗んで」  ルシス王家所有の土地へ不法侵入したところまでは脳裏に手繰ることが出来た。そこから先の記憶が無い。だがあの時はこんな樹海なぞ存在していなかったはずだ。草間を縫って禁足地へ分け入ったあの一瞬、辺りは見渡す限り岩肌に囲まれた、ありふれた小高い丘だったと記憶している。 「それで……あの光。幾らか丘の上を歩いた時、いきなり紫色の光が溢れて地面が消えた」  行き場を失った足裏の感覚がありありと蘇れば身体に刻まれた知覚も連鎖して呼び覚まされた。あれはちょうど階段を踏み外した時の感覚に似ていたとコルは思った。しかしさほど高い場所でなかったのが幸いだったようだ。地面に衝突する寸前、無意識に受け身を取った衝撃が身体に滲み渡って彼は顔を顰めた。 「俺はそのまま落下した。……いや待て。どこに落ちた?」  ――丘の中にある、秘境のような森に。  美しい景観を称える丘が実はどこまでも続く暗鬱な森だったなど誰が想像しようか。しかしコルの頭が確かならばそう考えるのが最も理に適っている。丘の中にたまたま森があったのか、森を隠すために丘があったのかは定かでなけれど、王家の丘が禁足地たる所以はここにあるのかもしれない、とコルは才気溢れる頭脳を目まぐるしく働かせていく。  腑に落ちないのはあの光だ。迸る閃光は稲妻に似ていた。だが今夜は隈なく澄んだ快晴だった。ならば雷魔法だろうか――彼の思考がそこまで経巡った時だった。  不意に耳元で風を斬る音がした。咄嗟に頭を屈めつ上半身を左へ捻り、地面に着いた片手をバネ仕掛けのように押し出して半歩後ろへ跳び退いた。その瞬間に先程まで頭のあった場所を電気を帯びた白い鞭髭が掠めて行く。全身の毛が逆立ったのは恐怖によるものか。はたまた獰猛な野獣が放つ殺意のせいか。折節、身の毛もよだつ禍々しい咆哮が夜半の森に反響した。  幻聴などではない。噂の化け物とはこれなのか、と少年は逡巡したが、只ならぬ状況では問うに及ばぬ自問だ。深々と耳を襲う梢の葉擦れは遥か高みにあって闇を渡る風へ秋の肌寒さを添えていった。否、それは夏の終わりを告げるうら寂しい冷気でも新しい季節が運んだ涼風でもなかった。云わばぬるま湯に浸った生の終わり、そして刻一刻と身に迫る死の寒さそのものだった。  コルは自分の胸に搏つ動悸がそのままに、獲物を見定める何者かの息づかいになって夜陰を満たしているような心地がした。しかし考えるより先に少年は強く地面を蹴っていた。大きく抉れる土。跳ね上がったそれが地面へ落ちきる前にもう一歩、二歩と踏み出して距離を稼ぐ。にも拘わらず少年の喉笛を狙う敵が二足歩行の人間へ追い付くには、たった一度、それだけの跳躍で十分だった。  野獣はしなやかな手足を使ってたちまち少年の眼前へ着地した。雪と見まごう艶やかな身体。その肉体美をひけらかしながら眼光炯々として森からの脱出は罷り成らぬと声高に告げていた。 「クァールの亜種だと……」  生息地が少ない世にも珍しい野獣。一部界隈では人気の高い雪豹だったはずだ。コルは漸くあの時見た輝きは奴の鞭髭に帯電した稲光だったのだと悟った。  そうこうしていると左右から更に一匹、二匹。合計五匹の獣が姿を現した。他の個体は通常種であるようだがそんなことはもはや問題ではない。この悪しざまな状況で心に留めるべきは武器も持たぬ少年が無防備のまま野獣の巣へ飛び込んでしまったということだけ。なのにこの時、どうしてかコルは得体の知れない高揚感に駆り立てられた。 「は。この状況を生き抜けない奴が警護隊なんて笑わせる。そうだろう、コル・リオニス」  気を呑まんとする獅子の双眸。羊歯に覆われた巌の隙間から胸裡深くに埋もれかけた力が漲ってくる。かの眼に宿った炎は草原を生業とする野獣が最も苦手とするものでありコルを生涯最強たらしめた所以でもあった。  彼はまんべんなく目を配り戦況を頭に叩き込んだ。クァールは集団で狩りをする生き物だ。なおかつ仲間同士の結びつきが強く互いを大切にしている。ならば攻撃を別個体へ当たるように誘導すれば迂闊に攻撃出来ないだろう。隙を見て包囲網を抜けんと瞬時に作戦を組み立てまなじりを決した。 「揺らぐな。己を保て。状況を見定めろ――どんな時も、心だけは折るな」  芯に通った決意が彼を奮い立たせた。木の枝を構えては跳びかかる野獣をいなして紙一重に掻い潜っていく。知らぬ間に爪が掠ったのか、腕のそこかしこが鮮血に濡れていた。けれども力試しと称した少年が立ち止まることは決してない。無限に続くよう思えた格闘の末、天賦の才を持つコル・リオニスはあわや野獣の包囲網を切り抜けたのだった。 *  水を遣ったはずの花々が根腐れに溶けるよう。棲みならえた水の冷たさに溺れ死ぬよう。万事滞りなく進む世界は磨り硝子越しに分別ざかりの輪郭を曖昧にして、必ず何か大事なものを見落としているものだ――端無くも、代々この地を守ってきた森の番人と未だ本能のみで戦う稀代の少年とでは相手のほうが上手だったらしい。背後より飛び出した白豹は少年へ追い縋って、若々しい脛を大きく咬み千切った。 「痛ッ……!」  迸る痛みに全身から汗が一斉に噴き出した。かっと見開かれた切れ長の瞳、他愛もなく崩れ落ちた獲物へ勝利の咆哮が注がれる。こもごも狙いを定めた肉食獣を前にしては打つ手無く、襲い来る痛みに耐えんと仔獅子が歯噛みした刹那のこと。コルは笛の音色に乗せた澄んだ女の声を聴いた気がした。 「待って、みんな」  遠のく意識をからくると、女が一人、野獣の敵意を身に浴びながら彼を抱き留めていた。年の頃はコルより十七、八ほど上か。三十路を越えているようには見えずとも中学へ上ったばかりのコルにしてみれば十分に大人と呼んで差し支えない。  少年の冴えた水色が墨で黒々と塗られたような暗夜に絡め取られた。伏し目がちのそれが雷獣の輝きを反射すると好い塩梅に煌めいて、胸に一縷の望みを落としていくのだが、どこかシガイと成り果てた生き物が最期に見せる残像にも似て、捩じれた星の記憶がたちまち人の姿をとって現れたようにも見えた。  しかし目と鼻の先では未だ威を張るクァール達が女ごと食い漁らんと互い互いに唸り声を上げている。恐ろしくはないのだろうか。と訝しんだのも寸刻、微かな緊張が触れ合う肌を経てコルにも伝わって来た。それでも女は物柔らかな相好を崩さず再び猛獣使いの呼び笛を吹き鳴らした。 「この子はクルクス・チェラム家の敵じゃありません」  警告空しく躙り寄る野獣に彼女の声が届いているとは思えない。だが目睫の間までリーダー格と思しき白いクァールが厳かに距離を詰めると、その人は湿った鼻先に白く透いた額をそっと当てがい――ほどなくして凜とした雪豹が身を翻せば他の個体も倣って森の奥へと気配を消した。  彼らは辛くも死を免れたらしい。固苦しさが融けて女は容の好い唇をふわりと緩めた。 「遅れてごめんなさい。まさか、ここに一般市民が入って来るとは思ってなくて」  慌てて走って来たのだろうか。しどけなく結わえた髪は華奢な肩に散じて、胸元へもたれかかる少年の元まで馥郁たる花の香を運んでくる。月明かりもない闇の中だと言うのに、煤ばむ瞳が漆黒の帳にまばゆく瞬けば、コルを覆わんとする負の感覚をゆっくりと取り除いていった。ややもして女は彼の傷口を確認して抱き上げようとする。が、自分より上背のあるコルを運ぶのは不可能と悟ったか。手早く止血するなり少年を支える形に立ち上がった。 「クルクスの屋敷に戻れば治療が出来ますよ。一緒に行きましょう」  差し交わす言葉が、まなざしが、軋む身体に心地良かった。ほつれた横髪に何かの加減でちらりと窺われる女の涼し気な風情がとろりとコルの裡を焦がしていく。されどその感覚を瞭らかに出来る者は一人としてこの場にいない。 「私は史桜です。お名前、伺っても」 「ああ。コル……リオニス」  重たい眠気に抗いたいのにコルの朦朧とした頭ではまともな返答が浮かばなかった。だからといって小柄な女は不愛想な態度をさして気にする風でもなく、 「コル」と慈しむ口調で彼の名を復唱すれば、 「大丈夫です。すぐに治りますよ。気をしっかり持って」  史桜の目尻が花やぐと不思議と痛みが薄らぐ気がした。彼女はコルの気が紛れるよう語り掛けているようだった。 「そろそろウィスカムが探しに来てくれるはず。ああほら、噂をすれば」 「――史桜! 何処にいる? 史桜!」  彼方へ仄かな光が明滅していた。名前を呼ばれるや彼女は「ウィスカム、こちらに」と声を張り上げて相手を拱いた。 「やっと見つけた。そこに居たんだな。無事かい」と洋燈を掲げて諸手を振り返す男。 「こんな夜更けにクァールはなぜ騒いでいたんだ? あの子が心配しているぞ。君は番人と仲が良いとは言えないからな」  それは片眼鏡のよく似合う小洒落た男だった。浅黒い肌の彼が日の落ちた森に溶け込んで駆け寄ってくるのが見える。遠巻きに会話を続けるウィスカムはもう一人の存在に気が付いていないようだった。 「私は問題ありません。でも、こちらの彼はいますぐ治療が必要かも」 「怪我人だって? ……驚いたな。一般市民じゃないか。しかも子供だ」 「はい、どうしてか入ってきてしまって」  クァールが不審者だと判断して襲いかかった経緯を説明する史桜。 「なるほど。あの獣は申し分なく番犬役を全うしたという訳か。しかし参ったね、私が出入りした際に結界機器に不具合でも起きたかな。シドに修理依頼しておかないといけないな」  髭を撫でつけながら、代わるよ、と男が力強くコルを背負った。淡い色のシャツが肌の輪郭線を象って際立たせていたが、腕から、脚から、滔々と滲み出す少年の血が真っ白な生地を赤く汚していく。瞼を下ろしたコルは意識の狭間に耳を傾けた。 「レギス達ならもっと早く止められたのでしょうか」  守人を諫めるのに苦労してしまった。もう少し早く止められていれば違ったかもしれない。そう女は悔やみ切れぬ心境をまざまざと吐露した。 「そうとも言えないな。あそこまでクァールが騒ぐということはこの少年も随分と大立ち回りを演じたに違いない。あれに遭遇して生き延びているのが良い証拠じゃないか? だが……興奮したクァールは誰であれ容易に止められるものではないさ」  気高きエルダー・クァールなら特にね。そう喉を鳴らすウィスカム。蓋し、力なく寄り掛かるコルは気絶していると思われているようだ。二人は優秀な番犬が仇になるなんて思わなかったと口々に言い交わす。 「貴方の魔法やポーションでは治せませんか?」 「難しいだろうな。私はレギスから魔力を借りているに過ぎない。だからこそ治癒力は限られているし、なによりこの子は腱や肉がごっそり抉れている。一般的な医療なら再び歩けるようになるかも分からない。これほどの傷では、レギスやメモリア、陛下程のお力を持っていなければ不可能だと思うよ」 「そうですか……。こんな時、私にも魔法を使いこなす才能があれば良かったのですが。ではレギスにお願いしましょう」 「名案だ。まあ、あいつの治癒は怪しいところがあるが……なんとかなるだろう」  攻撃魔法ならば頼もしいんだがな。とウィスカム。 「あはは。親友のみぞ知る一面、ですね」 「まったくだ。他言無用で頼むよ。特に本人には、ね」  レギス。メモリア。魔法。王家の丘。そしてウィスカムの洗練された所作と史桜のまろやかな身体を包む質良い衣服。そうだ、最初の時に分かって然るべきだったとコルは微睡みに単語を重ねて沈思した。やおら少年の頭を愛おしげに撫でていた史桜の声に軽やかな弾みがついた。 「屋敷が見えてきましたね。あら、玄関にいるのは」 「メモリアのようだね。万が一のために隠し通路に居なさいと言い含めておいたんだが」  彼らはとんと相談役の言うことを聞いてくれないと苦笑する男。やがて三人に「史桜姉さま! ウィスカム!」と幼らしい声が合流した。 「ただいま戻りました」 「戻って来てくれて良かった。心配してたの。……誰か、怪我をした?」  鈴を転がすような呼び声。コルと同じくらいの少女だった。史桜はその娘をゆったりと抱擁して、 「メモリア、兄君に連絡を取ってもらえませんか。貴女の頼みならすぐ来てくれるはずです」 「兄さまに? ええ、喜んで。でも、ね」  ――その子、意識があるみたい。 「彼の前でこのまま連絡取ってもいい?」  兄様は顔が知れてるから大丈夫かしら。と少女の控えめな指摘に何かあいまいな冷たさが漂った。話を聞かれたろうか。垢抜けた男がそう呟けば三人の空気が細波立った。  どうやら自分が話題になっているらしい、と気付いたコルがそっと伺えば隣にあった史桜の貌が黙って強ばっていた。クァールと遭遇した時よりも緊張走る面差しに伊達男も彼女の言わんとすることを理解したようだ。ウィスカムは申し訳なさそうに目を眇めて、 「大丈夫だ、史桜。ここでの記憶は消えるかもしれないし……叱られるとしてもその時は私が一緒だよ」  途端、史桜がわなわなと震え出した。 「大丈夫なものですか。二人ともクレイラスに殺されてしまいます!」  頭を抱えてことさら顔面蒼白に仰け反る姿は先程とまるで別人だった。情緒を欠く女の姿にコルは痛みも忘れてささやかな笑みが腹の底から広がるも、伊達男は「起きてしまったことは仕方が無いさ。君も私も人間だ。失敗くらいはする」とベストの釦を填め直して、 「――なんにせよこの少年には眠ってもらったほうが何かと都合が良いだろう」  男の言葉を皮切りに重苦しい感覚がコルを支配した。意識が揺らぐ。それは一炊の夢と呼べるほど心地良いものではなく。強制的に身体の自由を奪われる感覚に近かった。と同時、存在感を持っていた脚の熱が消えていく。ぐらつく意識を必死に支えているとまたも嫌な冷や汗が吹き出して口の中に苦い鉄の味が広がった。 「驚いたな。この状態に抗うとは。無理に耐えないほうがいい。そのまま眠ってごらん」 「俺に何を、した……」  礼を言いたかったはずなのに。彼の口を突いて出た言葉はそれだけだった。 「ちょっとした眠くなる魔法だよ。こちらにも事情があってね。起きていてもらっては困るという訳さ。だが君の怪我は必ず治そう。最も……起きたら何も憶えてないだろうが。危害は決して加えないと約束する。だからどうか我々を信じて眠ってくれないかい」  なんという精神力か。そんな囁きが耳朶を打った。何かに縋らなければ意識を失うと本能的に悟った少年は無我夢中で宙を手繰った。すると細く滑らかなものに行き当たる。それはあの女の手だった。振り払われるでもなく汗ばんだ掌が包み返された。 「おやすみなさい。ゆっくり眠って、コル。目覚めたら傷はすっかり治ってますよ」  熱れる吐息が漏れ出た。ふと小さな陰が掛かり、有るか無しかにもう一度目蓋を押し上げれば優しい瞳とかち合ってあらゆる不安が緩やかに蕩かされていった。豪奢な大広間に落ちる洋燈の灯、その下で史桜のかんばせが神秘的に輝いてついぞ抗えぬところまでコルを導いていく。  ここで意識を手放せばもう会えないのではないか。そんな予感がじわりと裡へ満ちた。しかし柔らかい唇が額へ触れたのを最後に、少年の身体からは一気に力が抜け落ちた。 「眠ったか……。シドにも連絡しておこう。後始末は私がするから治療が終わったら君達はゆっくり休むといい」 「ありがとうウィスカム。貴方になら任せられます」 「お安い御用さ、史桜――いや、神殺しの君と呼ぶべきかな」  意識は落ちたはずなのに史桜の息遣いに心がさざめく。触れ合った額の温もりは煌めく星々へと変容して魂ごと吸い寄せられていった。その先に蕩々と流れる巨大な川。白い糸杉の傍らには濡れ羽根色の女が静かに身を横たえていたが、折しも、コルは彼女へ向けられた囁き声を聞いた。遠く古き時代から紡がれたその声は哀しみに充ちて、深い絶望を背負っている。  かくして声は告げた――六神の名において神を殺せし女を処刑せよ、と。

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参考 FFXV OST Disc2
'Labyrinthine'

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