君懸Record 0 追悼回想編
-アーデン-
第8話 Falling into Darkness
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アーデン・ルシス・チェラムが古き眠りより目覚めて幾ほど歳月が経ったのか。彼自身は三ヶ月にも三年にも感じていたが、実際は新暦七二一年のあの日から十六ヶ月と七日と四時間が過ぎており、イズニアの姓を以て帝国市民権を得た彼が魔導兵の開発を唆してもうすぐ二つ目の季節が通り過ぎようとしていた。 それはアーデンに聖人君子だった頃の自我が辛うじて残っていた頃まで遡る。あまた記憶によるシガイ集合体となって飄然とした振る舞いをすることもあれば、聖人君子だった頃の思慮深さを見せることもあった彼は、化け物へ堕ちてなお未だ善悪の意識に揺らいでいた。 「オレさ、昔、古代遺跡を探検するのが好きだったんだよね。このスチリフの杜にも何回か来たことがある。いつから在るのか分からないけど、朽ちた遺跡を眺めていると、永遠なんてないんだ、だから今を一生懸命生きようって思えて好きだったな」 今の己を鑑みれば徒労の類だった。そう、問わず語りに昔話を綴る男。スチリフ遺跡の吹き抜けた空洞は寄せる波が麗らかに、灰青色のおぼめく異界の輝きを思わせた。満遍なく広がる光の領域は右から左から遺跡を隅々まで照らすも、病魔は痛みも知らず、あるいは眠りを聘する祈りを食い荒らして、水溜りに弔われる誰某かを嘲笑わんとする。 アーデンが背後に首をめぐらすとファイルを片手に博士が悠々と歩いていた。この当時、卓抜した手腕で前人未踏の領域へ踏み込まんとするヴァーサタイルの研究は困難を極めていた。だが理智的な見地から物事を解き明かす審美眼はいずれ役に立つだろう。ルシスを滅ぼす為に大勢を屠らんとする男にとって博士の貪欲さはまたとない隠れ蓑だった。 「なるほど。だからそなたは知っていたのかね、クルクスの丘にある幻影装置の開き方を」 「そうそう。役に立ったでしょ?」 「実に素晴らしい結果をもたらしてくれたよ。感謝している」 不意にアーデンは堕神の記憶が触手を伸ばして彼の思い出を上書きせんとするのを感知した。滅びたはずの煌びやかな古都が意識へ忍び込む。そこは栄華を極めた金襴の国。笑み割れる民は踊り舞い、星の病に侵されることなく天寿を全うしていく。しかし花盛りの隆盛にはにじり寄る影があった。驕慢な人はやがて神を裏切り、咎を背負い、火の海に消えていく――愛した女神に理解されぬ悲しみはいつしか激しい憎悪へと変貌していった。けれどもその生の終焉は臈長たけき愛を以てやわやかに施された。 アーデンにとり凡てを憎む神の残り火にはありあまる心地良さがあった。されども何故だろう。炎神が死ぬ少し前に出会うた「彼女」へ意識を奪われていく。宵闇に溶け込む女は突如として古代帝国へ現れたように見えた。かくてイフリートと相見えたその人は炎神の一撃で死ぬはずだった。しかし柔らかな光が辺りを包み――どこか霊廟遺跡に注ぐきざはしに似た美しい光だ――そこには一糸乱れぬ女の姿があった。 炎神は訝しんだ。娘は特別な力を持たない。なのに何故――? 「――アダギウム。聞いているのかね。私の護衛をしっかり頼むぞ」 「あーはいはい。ごめんね、ちょっとイフリートの記憶が蘇っててさ」 何度視ても炎神に留めを刺したのは氷神だ。そこから思い合せられることは、博士の執着する娘が神殺しを図ったことの真実味の薄さである。イフリートを下僕として以来、同僚の望む答えを導き出せないアーデンはどう伝えたものか思案に暮れていた。 すると銀髪の男は何を悟ったか、 「……知ってるかね、テルパに伝わる童話によれば、神殺しの女はみなの前で神を消した。しかし消しただけで『殺した』とは明記されていないのだ」と蠱惑的に口元を歪めた。アーデンへ宿るのが理性を対価に虚を掘りゆく狂気ならば、ヴァーサタイルのそれは理性を礎に培った、決して飽くことなき知識欲という人の身でなければ堕ち得ない奈落だった。 「隠さずとも構わん。かの記憶では、史桜は『彼』を殺していないのだろう?」 察するに易々たることだ。と昂然と笑う彼は始めから知っていたようだ。博士はシガイを一蹴するアーデンを満足気に流し見ては、女の写真を湖底の輝きへ透かした。裏側には史桜と但し書きがなされていた。焼け爛れた記憶と瓜二つな横顔にはおよそ病魔を誑し込むとは思えぬ朗らかさが泛んでいた。 「確かに、私が史桜へ関心を持ったのはかの口伝に寄るところが大きい。当初はその力を以てクリスタルを消滅させんと志高く意気込んでいたものだ。だが今は、彼女が神を殺したか否かにはさして関心はない。神を殺すほどの力があの身へ宿っていないのは、傍目にも明らかであろう?」 アーデンはヴァーサタイルが千切り捨てた破片を拾いあげた。それはルシス王宮にて撮られた一枚の写真。若きモルス国王と娘の微笑み合う姿があった。画には恋人同士のような甘やかさが滴っている。実際、国王が愛人として迎える日も近いと根も葉もない噂が出回った時期もあったようだ。けれども二人は終生友情に徹し、己の娘を託すほど強い信頼関係を築いていた。 「じゃ、博士は何にそんな固執を?」 「逆に問わせて頂こうか。私の研究分野はなんだね」 「やだなあオレに訊くんだ。シガイ研究と魔導兵でしょ」 「そうだ、私が人生を注ぐ研究テーマはシガイそのもの。そして史桜に興味を抱く理由も根幹は変わらんのだよ。……では教えてしんぜよう。私が関心あるのは彼女がシガイを惹きつける体質であること、あの水底で老いも忘れて何千年も眠っていたこと。この二つである」 ヴァーサタイルの関心を引く事柄の一つ、シガイが娘を追い求める謎は未解明だった。接する期間が極めて少なかった上、資料ごと研究所が破壊されたために研究が頓挫したのだ。しかしもう一つ、老いず死なずの理由はある程度予測が付いていると博士は笑った。 魔大戦集結する少し前、テルパの地を抉り取るほどの何かが起きた。これを契機に星の病と呼ばれる伝染病が歴史の舞台へ顔を出したことから世界の有り様を根本から変化させるほど大きな出来事だったことが伺える。その折、娘は生きたまま霊廟へ移され、永い深い眠りへ就いたらしいのだ。 「史桜の居場所を発見したのは当時私が師と仰いだ前所長でね。彼はあらゆる口伝を調べ、ルシスへ悟られぬよう痕跡を消し、かの水辺へついに辿りついた。それは一体何処のことかと? ちょうどこの上だ」 博士は頭上を顎で示した。 「我々が今向かっているのもその場所なのだよ。ただし道順が複雑だからそなたの助けが欲しい」 「え? あれってヴェスペル湖の湖底でしょ」 「違う。前任が遺した口伝資料によれば、あの揺らめく水面は忘れじの川から汲んで注がれた水だ」 正しい道順でのみ辿り着ける湖底の水辺。そこには神代の者が注いだ水が充ち充ちている。かくて博士は含蓄ありげに問うた。この遺跡を歩いて違和感を覚えたことはないかと。 「崩れては戻る瓦礫、落ちては繋がる廊下。それらは長らく原理が分からなかった」 だが伝承を辿れば、霊廟遺跡は「ある時点」での事象――博士はそれを記憶と呼んだ――を留め続けていた。 「この現象を可能にしているのが、世界のどこかにある忘我の川を注いだ水面であろう。……テルパの少数民族は『忘れ時の川』と呼んでいたやもしれん」 忘我の川から注がれた水。忘れられし時を保存する水。忘れることを厭う水。浸れば神々より二つの選択肢が与えられる。時が止まる代わり多くの記憶を失うか。はたまた思い出を守り時を刻み続けるか。諸刃の剣は神代の者しか触れられず、こと生身の人間には効果がないと言い伝えられる。 「じゃ、時を止める水の中に居たからこの娘は歳を取らないって?」 だが博士は先ほど自ら述べたではないか。生身の人間には効果がないと。 「ひょっとして史桜ちゃんって、もう死んでたりしない? それとも実はオレと同じシガイ?」 「どちらも間違いだ。生体反応は正常だった。まごうことなき人の身だよ。だが目覚めたばかりの彼女を聴取をしていた頃、気になる発言があってね。それが事実ならば……いや、今話すのは止めておこうか」 調査に依れば女の凡てが停滞している訳ではないようだった。新陳代謝はある。怪我もする。厳密には僅かながら歳も取っているらしい――本来ならば彼女は凡ての時間が止まって然るべきであるのに。 「これはスチリフに宿る力が弱まっていることの証拠だ。口伝通りに水の力が保たれているならば少しも時が進むなぞ有り得ないのだよ」 とは言え古代帝国は隆盛時期も魔大戦の発生時期も仔細が分かっていない。ルシス王国黎明より前であることは自明であるが、それ程時が経っているなら神の水と言えど力が衰えるのは何ら変ではないだろう。 「無限に再生するそなたと、時の止まり続ける史桜。双方理解出来れば我が思索に素晴らしい成果をもたらしてくれよう。逃す手はないと思わないかね?」 平々凡々だった彼女がどこで道を違えたのか、博士はそれを知りたがっていた。だから娘を研究対象として見ていると宣う。なるほど、シガイを惹きつける何某かの要素へ関心があるのも誠だろう。だがアーデンにはそれだけではないように思えた。ヴァーサタイル・ベスティアには、青年時代に身を絡めた仄かな追慕と、狂気を経ても潰えることのなかった閑雅な懸想が垣間見えていた。 * 霊廟を脱したのは晩夏の湿地帯が曙光に染まる頃合いだった。玻璃の尖った朝の空気が霧らう湖面に冴え冴えと満ちていた。旺んな夏花は匂やかに、花弁の先へ茶焦げた色合いを見せて、秋のゆたかな日がすぐそこまで迫っていると教えていた。 アーデンに続いて姿を現したヴァーサタイル博士は朝日を浴びて才知溢れる眼差しを怜悧に光らせていた。ルシス領は未だ蒸し暑い盛りだというのに、藍色の瞳にはいかな温もりもない。あるのはただ、敵国に与する者を灰燼に化すと誓った密やかな誇りだけだった。 その時、博士が覚えず「史桜」と呟いたのを耳にした。棚引く暁霞と相映じる水樹の錦に物狂おしき女の去り際でも思い出したのだろうか。しかし病魔を誑し込む女の危険性を鑑みればまるで夕闇のごとき女ではないかと思い余った。 それから二人は身を潜めるよう揚陸艇へ乗り込んだ。折に触れて小壜を二つ取り出すアーデン。 「この水さ、誰かに飲ませるの?」 「まさか勿体ない。……そなたも、かように惜しい使い方はしてくれるな」 「へえ……オレは興味あるけどなあ」 かの貴重性がなぜ分からん、とでも言いたげに博士はこめかみに手を当てた。馬鹿にされた気がして男は艦内席へ深く沈み込んだ。そもそもだ。何故スチリフはそんな力があるのだろう。時を止めるほどの力があるならソルハイム帝国は魔大戦をも乗り越えられたのではないか。凡ては語らねどある程度に要約して尋ねればヴァーサタイルは仄かに息を呑んだ。 「目敏いな。実はあの霊廟は史桜の為に作られたものではない。別の者を祀る場所であり、忘れ時の水も、ソルハイム帝国が元より持っていた技術ではない」 「それ初耳だな。一体誰を祀ってるって?」 「すまないが調査中だ。何か分かればいずれ教えよう」 博士にとって彼女はルシスの禁忌と同じ別格の扱いがあった。妙に口が重いのだ。それはまるで、アーデンが娘へ必要以上の興味を抱かないよう、最低限の情報しか与えないと決意しているかのようだった。 ――歳を取らないだけの女なぞ別段取って食いやしないのに。 大した興も感じられず、脇へ置かれた史桜のファイルを捲った。時系列順に篩い分けされている。密偵が隠し撮ったものか。鬱蒼とした谷間に、芽生ゆる木陰の白百合が風韻を漂わせて微笑んでいた。 二十年前、ヴァーサタイルの元を去ってすぐの頃にモルス国王と王立公園に憩う姿。白い長外套は雪解けを迎えて喜びの涙に打ち慄える斜頸の茎に似ている。十年前、容姿は少しも変わらず、幼いレギス王子の手を引き植物園を歩く姿。傍らには王子の友人と思しき浅黒い洒落た子供と恰幅の良い大柄な少年が規律良く控えている。 そして目を引くのはここ一年間の写真だ。金の卵が孵った次世代の子らへ付き添い、王都の暮らしをあたう限り謳歌する女は晴れやかな風貌で太陽を浴びていた。しかし大半の画は上背のある少年と並んで写っていた。まなじりは鋭く、絶えず辺りを威嚇している様子があるが、恐怖からでも敵意からでもない。言うなれば社会全体への反抗、白波に全身を打たれながら大人達の中で自己を確立せんと青年時代へ背伸びする力強さがあった。 史桜へ向けられた少年のかんばせは柔らかい。姉弟のような二人は切っ掛けさえあれば艶やかな花を咲かせる余地は十分にあると思った。 「……で。王家の丘の計画、上手く行ったんだ」 徐に口を開くアーデン。 「ああ、そなたの指示通りに蓋を開けさせた」 「やるね。故障は? どうやったの?」 「配線の一つに極めて繊細な魔導コアを使い、負荷を掛けた。もはや幻影を投射する程度の力しかあるまい」 蓋を開ける術を知った後は簡単だった。魔導コアで稼働するそれは博士の専門分野だからだ。原理を理解してしまえば分からぬように壊すのは容易く、仮に原因が分かっても修理出来るのは帝国技術者だけ。もはやルシスに打つ手はない、と博士は眉一つ動かさず言い放った。 「随分と上手く謀が成ったようで。怖いくらいだね」 「謙遜は要らぬ。そなたの助言あってこその成功だ」 装置を僅かに破壊して誰でも立ち入れる状況を作る。理性の利かず、しかし巻き込めば糾弾を免れない子供達を標的に根も葉もない噂を流す。誰かが立ち入り死傷事件でも起きれば、万全な警護体制を作るために女は屋敷を出ることになる――これが博士とアーデンの思い描いた筋書きだった。 「肝要なのはあくまで穏便に、致し方ないという流れで史桜を王家の丘から退かせ、王宮内へ戻すことだ」とヴァーサタイルは冷徹に目尻を細めた。 「神に疎まれ、奇異の目でも見られる史桜は、王宮に戻ればいずれ孤立しよう。我々はそれを待つ。彼女自らこちら側を選ぶよう、じっと機会を狙うのだ」 報告によると何某かの事件は起きたようだった。だが死者は居ないらしい。それについては少々目論見が外れたが装置が万全でないと分かれば史桜をクルクスの地に隠す利点はない。ファイルの後半には分析内容がヴァーサタイルの優雅な筆致で連なって、丘に関する仔細な記述が綴られていた。 その一、結界装置には古代ソルハイム時代の魔導コアが使われている。その二、元は幻影や防音機能のみで結界能力は後に付与された。その三、魔法障壁のようにシガイを防ぐ力はない。その四、ある角度から触った時のみ外側から装置の匣は開けられる。……どれもアーデンが与えた情報だった。 男は六角形を象ったスケッチを撫ぜて幸せだった過去を懐かしんだ。大昔この装置を古代遺跡から見つけて稼働させたのは他でもない彼だったのだ。当時は幻影機能のみだったが、後のルシス王が魔導コアへ聖石の魔力を繋げ、強度の低い簡易魔法障壁を追加したのだろう。 「人の身であった頃、ルシスの民のために作ったものを自ら破壊するのはどんな気分かね」 「それがさ、不思議なんだけど、大した感慨もないんだよね。でもあの国を崩す一歩になるなら喜んで何でもしよう」 かつて処刑された男が星の病に侵された民を匿うため見出した土地。それがクルクスの地だった。当時、感染した人々は所在が分かればソムヌス王の手が回り皆殺しにされた。だから治療の順番待ちをする民を少しの間住まわせていたのだ。 しかし問題もあった。人々の姿を見られては密告を受けて隠れ家が露見してしまう。悩んだ末にアーデンは幼い頃から親しんだ古代遺跡の機能を活用せんと思い至った。装置には僅かに読める古代文字で「高機能防音ホログラム隔離装置」と刻まれたのを憶えている。 「あそこってさ、当時は屋敷なんてなかったんだよね。普通の森でさ。忘我の森、なんて大層な名前もなかった。ただ、治療が終わってあの地を離れた患者はどうしてか森に居た事実を忘れるらしい。だから病に冒された人々を守るには打って付けの場所だった」 ついぞアーデン自身があの地を利用することはなかったが。 「……ソムヌスの奴に利用されてるなんて腹が煮えくり返るけど、ね」 「ふむ。利用出来るものは全て利用する。統治者としては理に適ってはいるがね。しかしそなたの行いは全てが無駄だった訳ではない。知っているかね、クルクスという名前の由来を。これはある男に因んで名付けられたそうだ」 蹄を鳴らして駆け寄る好奇心があった。 「由来?」とアーデンは面を上げた。博士の罠に填まった心地がした。 「初代王になるはずだった男が処刑された後、一部の民はそなたに救われた恩を胸に抱いて過ごした。その一人が後にルシス王国重鎮となった際、磔にされた救世主を悼み、あの地を十字架――クルクスと名付けたそうだ」 アーデンの中に熱情の比喩に等しき心が顔を覗かせた。全てが無に帰したと思っていたが確かな種はあったのだ。だからと言ってルシスの民を赦すつもりはないが、それが呼び水となり、自らに因んだ土地に長らく住まわる史桜へ仄かな感興が湧いた。 シガイの欲を掻き立てる女と邂逅した時アーデンの意識はどう動くのだろう。理性を失い肉を貪り喰らうのか。無慈悲に殺して血を啜るのか。病魔を引き寄せる、否、シガイ自身が彷徨い求めるものとは。逢瀬を望む己に行き当たるとアーデンは憫み笑うような微笑を口辺へ浮かべた。 忘れ時、記憶を失うこと。忘れじ、忘却を否むこと。アーデンにとってどちらも本質は同じものであり表裏一体だった。生と死が常に隣り合わせであるように、ひと繋ぎの絲を手繰って編み上げたものを、あるいは言葉少なに佇む新月に捧げて、あるいは澄み亘る夜空の満月に掲げて、異なる輝きの下で眺めて居るに過ぎない。 「もしかしたらオレと彼女も本質は同じ、かな」 似た者同士だからこそシガイは彼女を追い求めるのだろう。深い遠い裡へ隠し込んだ欲望を掌の上でゆったりと転がしながら、アーデンは史桜の眠りを守り続けた古き閨へ想いを馳せた。 スチリフの霊廟はまんべんなく世界が止まっている。綻び崩れたかの隆盛を愛おしむよう刻を戻しては、空を隔てし神代を記憶の裂け目から追想している。神を信じて絶望の淵へ落とされた民らの祈りは――そうだ、裏切りを図った者ではなく――枝もたわわな黒き果実へ育つも、死の導を辿って大河に浸れば血腥い悲しみさえ忘れ去る。 白い糸杉の幻想――あの日、あまねく追想が忘却の時代へ置き去りにされてきた。 序章回想編 完結/一章キングズテイル編へ続く
'ARDYN III'